西脇充子(○○の妻たち)北斗晶との関係は?プロフィールについても

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3月27日(月)よる7:00より「結婚したら人生激変!○○な妻たち」に元女子プロレスラーの北斗晶さんと同期で元大関魁皇の奥さんである西脇充子さんが出演されます。こんにちはノリスケです。西脇充子さんと北斗晶さんとのプロレス時代を紹介していきます。

 

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西脇充子

  • 本名 古賀充子(西脇充子はリングネーム)
  • 昭和42年(1967年)11月2日生まれ
  • 身長167cm 68kg
  • 岐阜県安八郡神戸町出身
  • 昭和60年(1985年)デビュー 堀田祐美子とファイヤジェッツを結成
  • 平成2年(1990年)引退
  • 平成11年(1999年)元大関魁皇と結婚
  • 平成26年(2014年)浅香山部屋復興に伴い女将となる

現役時代堀田祐美子さんとタッグを組んでいました。堀田祐美子さんといえば大晦日RIZINでギャビガルシアさんと戦いました。こちらも併せてご覧ください。

堀田祐美子(RIZIN出場)ギャビガルシアと世紀の決戦!プロフィールについても

元大関魁皇との馴れ初め

22歳でプロレスを引退し、タレントに転進していた西脇充子さん。

しかし27歳のときに卵巣がんを患います。

闘病生活をし、退院祝いの席に魁皇関が来ていたことがきっかけのようです。

このときにすでに魁皇関は猛アタックを開始。

しかしながら、退院したばかりですぐに恋愛感情がわかなかったそうです。

その後も魁皇関の押しの一手で猛プッシュしたおかげで交際をはじめ、

平成11年(1999年)に結婚しました。

 

現在の西脇充子さん

元大関の魁皇さんが年寄として浅香山部屋師匠となっている魁皇の女将として内助の功を果たしているようです。角界はしきたりと伝統で厳しい世界。そんな特殊な環境でも女将さんとして務めを果たしているのですね。その中で「大関の妻」であった頃の苦労話を紹介します。

振り返れば「大関の妻」でいたころの方が大変でした。協会の看板力士であり、たくさんのファンの方々から応援していただきました。晩年は数々の記録もかかっていたので「何かあってはいけない」と毎日緊張感がありました。

 変な体勢で昼寝をしないように声をかけ、腰の負担を減らすため重いものは持たせず、けがの治療では病院まで車で送るなどしていました。当時は夢中でしたが、今思うと「大切なものを預かっている」という気持ちが強かったのでしょう。ほかの力士の奥さんたちも同じような感覚だと思います。

 今も大事な弟子たちをお預かりしていますが、気持ちは少し違います。5人の弟子はまだ若く、いろいろ教えながら、リラックスして接することができます。

 プロレスをやっていたので、選手としての苦労や経験も生かして、弟子にアドバイスなどもできています。親方が現役時代は、1人の立派な大人でしたから、私の経験は通用しませんでした。今のほうが経験は生かせています。

ニュースサイトで読む: http://mainichi.jp/articles/20160105/ddm/035/070/146000c#csidx996202986e2a91cb950a73a048088b4
【Copyright 毎日新聞より出典】

大変な苦労をされているのを記事を読んで感じました。

内助の功というか、本当男社会に溶け込んで

献身的に切り盛りできるのは、女子プロレスで培ったからこそなのかも

しれませんね

 

北斗晶さんとの関係

残念ながら詳しい話はありませんでした。しかしながら女子プロレス時代は同期として同じ釜の飯を食べた仲間。旧姓である西脇充子と検索すると病気がついてきました。

どうやら卵巣がんを患ったそうですね。

現在の北斗晶さんも乳がんを患っていました。

お互いがんを患い、なにかやり取りがあったのは想像に難くないですよね。

 

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まとめ

昭和の一時代を駆け抜けた西脇充子(現古賀充子)さん。今や浅香山部屋の女将として部屋を裏方で支える彼女は、この先にどのようなことを見ているのでしょう?夫である元魁皇浅香山師匠を支えて自らの務めを果たしていくのでしょうね。

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